第25回定期総会・刑法全面「改正」阻止に関する宣言

(宣言)

現在進行中の刑法全面「改正」は、明らかに、強権的国家秩序の維持を重視し、処罰の範囲と程度をいちじるしく拡大・強化するものである。


かかる処罰万能の重罰主義は、刑罰の威嚇によって思想・表現の自由をはじめ、国民の権利と自由を、日常生活のすみずみに至るまで全面的に抑圧しようとするものであって、きわめて大きな人権侵害の危険を招来する。


このような刑法全面「改正」は、刑法における人権保障の大原則を実質的に否定し、わが国における民主主義の根幹を崩壊させるおそれがあるといわなければならない。


基本的人権の擁護を使命とするわれわれは、この刑法全面「改正」をあくまで阻止するために、ひろく国民とともに、全力をつくすものである。


右宣言する。


1974年(昭和49年)5月25日
第25回定期総会


提案理由

1.刑法全面「改正」にかんする法制審議会の答申作成作業は、現在、最終的な段階を迎えるに至っている。


この作業は、昭和31年の刑法改正準備会設置、昭和36年の改正刑法準備草案(確定稿)発表、昭和47年の改正刑法草案発表などの経過に立脚している。その出発点は、昭和15年の改正刑法仮案を「戦前における刑法改正作業の貴重な遺産」と評価し、これを「基礎として、これに必要な修正を加える」(準備草案)というものであって、現行憲法の基本原則をまったく無視するものであった。


このような刑法全面「改正」作業について、当連合会は、すでに「旧憲法的な国家主義的イデオロギーと強い治安立法的性格」が「基本的に承継されていると評価せざるをえない」ことを厳しく指摘してきた(昭和47年3月・昭和49年2月各意見書)。


2.このことは、法制審議会がほとんど無条件に採択してきた改正刑法草案の内容そのものにおいて最も露骨に示されている。


その最大の特徴は、無限定な処罰範囲の拡大といちじるしい処罰程度の強化であって、強権的な処罰万能主義が大きくつらぬかれている。


そこでは、各種「国家犯罪」にたいする処罰の強化、各種「秘密」保護の多面的な強化、不明確な犯罪類型のいちじるしい増設、常習犯、不定期刑、保安処分など「危険な性格」を軸とする長期拘禁制度の新設などが、多様に展開されている。その基調は、結局、「国益」の優先と人権の無視にあるものというほかないのであって、企業利益偏重の方向も顕著である。


その結果、基本的人権としての国民の思想・表現の自由をはじめとして、日常生活のすみずみに至るまで、刑罰の威嚇と抑圧が全面的に浸透することにならざるをえない。


人権保障こそ、近代民主主義の基礎であり、現行憲法の大原則である以上、このような刑法全面「改正」が容認されるべき余地はまったく存在しない。


3.刑法が犯罪と刑罰の基本法であり、国民の基本的人権と日常生活に重大なかかわりあいをもっているだけに、この事態は、国民の利益にとって大きな脅威である。


このような刑法全面「改正」は、刑法上の人権保障を実質的に否定し、そのことによってわが国における民主主義の根幹を根底から崩すものというべきである。


本来、刑法全面「改正」は、現行憲法の基本原則に基づいて、その指導理念と原則を確立し、ひろく民意に立脚して進められるべきであった。


しかし、その作業経過のすべての段階において、審議機関の構成および審議経過資料の非公開など、その非民主性もきわだっていた。


4.以上の諸点において、現在、この刑法全面「改正」作業の推進にたいする国民の批判は漸く大きな盛り上りを示しつつある。


基本的人権の擁護を使命とする当連合会が、従来の研究活動・意見書発表などの経過をふまえ、ここに、ひろく国民とともに、現在進行中の刑法全面「改正」阻止のため、全力をつくすことを宣言することは、きわめて適切かつ有意義であると確信する。