臨時総会・裁判官の再・新任に関する決議

(決議)

最高裁判所は、日本弁護士連合会の数次の決議や裁判所部内からの多数の要請など各界各層の批判にもかかわらず、宮本康昭裁判官を判事として再任しないまま簡易裁判所判事としても辞表提出のやむなきにいたらせ、思想・信条・団体加入などを実質的理由として裁判官志望者の新任を拒否し、また、裁判官の職権の独立を侵し公正な裁判所の裁判を受ける国民の権利を犠牲にする参与判事補制度の実施を強行している。


最高裁判所のこのような態度は、国民の基本的人権と民主主義を守るべき裁判所本来の責務に背き、司法の独立を自ら侵し国民のための裁判を危うくするものである。


われわれは、最高裁判所がさきの国民審査にあらわれた国民の批判に耳を傾け、速やかに憲法の本旨にたちかえり、真に国民の権利の守り手としてふさわしい民主的司法の確立につとめるとともに、判事としての再任要求をし続けている宮本康昭裁判官を即時再任し、25期司法修習生に対し、思想・信条・団体加入などを実質的理由とする新任拒否を絶対に行なわないよう強く要望する。


右決議する。


1973年(昭和48年)3月17日
臨時総会


提案理由(議事録より)

宮本問題、阪口問題これが発生しましてから、満2年を経過した訳であります。


この間最高裁判所の反動的な姿勢に対しての批判というものは非常に強いものがあって、この日弁連においても機会あるごとにそういう反動的な姿勢を批判する決議を繰返して来ました。


勿論こういう批判は弁護士会のみならず、裁判所内部にも最高裁判所の姿勢に不満を持つ声が高まっており、更にこういう運動は一般国民にも広がって、昨年12月の最高裁判所の裁判官の国民審査の結果では、批判票とも目すべきものが、従来に比して非常に高くなっているとこのようなことでございます。


ところが最高裁判所は、誠に残念ではございますが、非常に物わかりが悪いと申しますか、未だにこういう批判に対して自らの過ちを認めようとしない訳でございます。それどころか昨年の3月・4月にかけては、十四期の再任について形式的には再任希望者は全員採用されたという結果になっておりますが、ご承知の通り、金野さんの場合には再任要求の取り下げと申しますか、そういう恰好で解決されております。


しかも新任問題については、この場合も多数の新任拒否がなされているというようなことでございます。


この新任拒否・再任拒否がいかなる理由でなされて来たかということでございますが、勿論最高裁はこの拒否の理由を明らかにしていません。


ただ従来われわれはこれを青法協加入を理由とするものであるとか、もっといえば思想・信条・団体加入等を実質的な理由とする再任拒否である。


或いは新任拒否であるとか、このように主張して来た訳であります。


この点は最高裁が否認しても、否認出来ないというのは、宮本裁判官の場合に果してその再任拒否が妥当であるかということで弁護士会の方で、調査を行っております。


その結果は既に発表された通りでございますが、宮本さんは人格・識見ともに優れて裁判官として誠に適当であると、能力も優れていると、こういう結論が出ております。


それから新任を拒否された23期・24期の皆さんについても、それぞれ調査したところでは、同様に裁判官として不適当であるというような場合は認められないということでございます。唯この新任拒否等をされた人の共通する点は、青法協に加入していたとか或はクラス委員であったとか、そういうようなことが共通の理由となっているようであります。


この辺のところを考えて行くと、裁判官の不足、これに伴う訴訟遅延というような問題がやかましい折柄、これだけの数の新任希望者を、お前さんはいらないんだということで断るとか或いは宮本裁判官の場合は、これは既に十年の経験を経た、いうなれば十年選手であります。


これから一番働いてもらわなければならない。一番役に立つという時期に、お前さんは断るんだと、こういうようなことをいうこと自体が極めておかしい訳であって、これにあえて最高裁判所がこういう無理をするということについては、極めて政治的な動きがあって、最高裁がそういう政治的な動きに影響されて、こういう不当な措置を行っているというふうに断定せざるを得ない訳であります。


昭和44年頃自民党の中に、司法制度調査会というものが出来ております。これはどういうことかと申しますと、どうも発端は東京都の教職員組合の判決が気に入らないと、これは所謂偏向判決だというようなことで批判を始めた訳であります。


従来最高裁判所は、所謂裁判所批判に対しては、雑音に耳を傾けるなと、このように強くいいきって来た訳でありますが、この自民党による偏向判決であるとこういう批判に対しては、どうも雑音に耳を傾けないというような態度は取れなかったようであります。その後平賀書簡問題が起りまして、こういうことを契機として青法協に対する自民党とか保守勢力からの批難というものが益々強くなったのであります。


そういう問題が起った直後に、2年前に宮本裁判官が再任拒否をされると、それからその年の23期の新任拒否が従来より沢山出ると、こういう現象が出て来た訳であります。


このような点を考えて行くと、最高裁は否定するけれども、矢張り再任拒否だとか新任拒否は思想・信条・団体加入等を実質的理由とするものだというふうに断定して差支えないということになるのであります。最高裁の反動性はそれだけには限らないのであります。


先程も申し上げた裁判官の不足こういう事の処理一つを考えて見ても、最高裁の考えておる方策というか対策というか、これは極めて反動的で、国民に背を向けるという形で行われております。


裁判官不足ということについては、古く昭和37年の臨時司法制度調査会を設置する法案の中に、提案理由として出ておりますが、裁判官が不足して訴訟遅延の状態が放置出来ない時期に来たので、これを解決するために調査会を設けるんだとこういう趣旨のようでございました。


その後2年を経過して出た、調査会の答申と申しますか、所謂臨司意見書でございますが、これについてわれわれ弁護士会が反対して来たことは今更私が説明することはございませんが、一例を挙げますと、最高裁判所は簡裁の民事事物管轄の拡張というような措置を強行致しました。これはどういうことかと申しますと、簡裁の裁判官に限って、所謂簡判特別試験によって裁判官が採用されます。結局簡裁の民事事物管轄を拡張することによって、簡裁で取扱える事件を多くして、その分を特任簡判にやらせて、それだけ判事とか特例判事補の負担を軽減させて、それで人員不足をカバーしようというようなこと、これは結局は裁判官の質の低下による問題の処理だということになる訳です。更に最高裁は合理化というような表現でもって、実に非合理な処理方法を考えているようで、例えば高裁の支部を廃止したらどうかとかいうようなことであります。


更に地方裁判所の乙号支部について裁判官は常時いなくともいいと、週に一度位出ておればいいのだというようなことも考えているようであります。これは誠にけしからんことであります。高裁の支部を廃止したらそれだけそこの住民は、上訴権を実質的に奪われてしまうことになる訳であります。


或いは乙号支部における裁判官の常駐の廃止を原則につるならば、それだけ又緊急事件の処理は困る訳であります。


乙号支部に仮処分の申請をするとか、或は保釈の請求をしたところが裁判官は来てくれないと、裁判官が来るまで待ってくれとこういうようなことを許すというのが原則になってくる訳であります。こういう形が国民に背を向ける改革案ということは、誰が見てもはっきりしています。


更に昨年の暮れから今年にかけて、最高裁が強行しているのは判事補参与制度、正確に申し上げると、地裁における審理に判事補の参与を認める規則、この判事補参与制については既に昨年5月の総会で、日弁連は反対の決議をしております。


更に反対の意見書も出ておりまして、それは皆さんに配布されていると思います。更に各地方単位会においても判事補参与制に対する反対の決議とか意見書というものは、それぞれ出されておるという実情であります。


何故判事補参与制が悪いかということは説明することもない訳でありますが、要するにこの判事補参与制は、未特例判事補・特例判事補と申しますのは、判事補になって5年になると所謂特例というものがついて、単独で裁判出来るということでございますが、その特例のつかない判事補に、民事事件を関与させておいて、規則にあるように『参与させた事件について意見を述べさせることが出来る』とこういう規則がございますが、意見を述べるという恰好で判決書きの下請けの代行をさせようというようなことを目論でいる訳でありまして、当局は未特例判事補の研修の方法であるとか、何とかいっていますが、既に何度もいったように、裁判官の数が不足しているという状況の中で、わざわざ研修の目的のために法廷を傍聴させるとか、それほどの余裕があるとは考えられない訳であります。だからこういう形式について簡単に問題を指摘すれば、先ず参与を命ぜられた判事補にして見ると、これは自らを下請けに落とすことであります。これは矢張り広い意味での裁判官の独立を害されたということになるかと思うのであります。


それから裁判を受ける当事者の立場から考えますと、そういう代行の下請の裁判官が実質的に判決を書くんだとこういうことになると、これ又裁判を受ける権利を害されたことになると、お前さんは代用品で、我慢しなさいとこういうことをいわれたことになると思うのであります。更に副次的な問題として、このような扱いをするというようなこと自身が、若い裁判官に対する侮辱でございまして、この参与判事補制或いは前の一人制合議の問題、こういう問題が起こってからこのかた、修習生からの新任希望者が非常に減少しております。25期の例で見ましても、当初の希望調査では30数名、40名に達しなかったということであります。唯最近では研修所教官等の努力が実を結びまして、漸く50数名というところまで達したようであります。唯50数名という数字も、これが例年の希望者しかないということになりますと、現在の裁判官の数を維持するということは不可能ではないかとこのように考えられる訳であります。そうすると判事補参与制というものは、誠にけしからん、しかも理屈抜きに考えても困った制度であるということであって、この実施を強硬に命ぜられた裁判所では、非常に迷惑なことであると、自分のところもこういうことはやりたくないんだと、最高裁からいわれているので巳むを得ないんだというようなことをいっているというようなこともあるそうですが、このような最高裁の姿勢であるので、或は毎年毎年同じような趣旨の決議を請求するとかというような意見もあろうかと思いますが、最高裁がわかってくれるまで何回でもその誤りを指摘するという必要があると思う訳であります。


当初触れました事情変更ということでありますが、既にご承知の通り去る3月14日の発表で、5期及び15期の裁判官については全員再任されることが決まったというふうに報道されております。


その意味では当初の決議案は若干修正するところが出てくる訳でありますが5期及び15期の裁判官について全員再任が決まったということでもって、最高裁の姿勢が変わったということになるかといいますと、まだそこまではいえないのです。


もし本当に最高裁の姿勢が変わったら先程申し上げたような参与制を強行するとかということは、ありえないことであります。それと阪口修習生の問題が解決しました。これも同様に阪口君の反省の色が見られるから、この際許してやろうということでの解決方法でございます。これは決して最高裁が自らの過ちを認めるという姿勢にはならない訳であります。そういう意味で強い決議を必要とするものであります。


それからもう一点の事情変更は、同じ14日付で発表されておりますが、宮本裁判官が再任拒否後簡裁判事として2年間残って来た訳であります。それを14日に辞表を提出しました。これはどういうことかということで、本人の意向を確かめた訳でありますが、この宮本裁判官が辞表を提出した理由は、一応5期及び15期において再任拒否がなかったから自分が頑張って来た効果が現れたものと見てこの際辞表を提出したいと、それで今度は裁判所の枠からはずれてもう一度再任を希望して行きたいと、こういうようなことであります。


だから簡裁は辞めたが、判事になるという意思を捨てた訳ではないと、だから本日この臨時総会で宮本裁判官を判事として再任せよという趣旨の決議を準備しておるんだということを伝えましたら、その点は、ありがたいことだと、このように述べております。


右のような次第でありますので、後程提出されるであろうと考えられます修正動議と併せて、充分ご審議の上何卒ご賛成の決議を賜りたいということをお願いして終ります。