第23回定期総会・一人制審理の特例に関する規則の制定・実施に関する反対決議

(決議)

最高裁判所は、地方裁判所の単独体審理に、1人の未特例判事補を関与させる、いわゆる「1人制審理の特例」を最高裁判所規則により実施しようとしている。


しかしながら、この制度は、憲法の保障する裁判官の独立性をおかし、また、裁判の質の低下を招くなど国民の裁判を受ける権利を侵害するおそれがある。


さらにこの制度は、裁判所法に牴触するのみならず、最高裁判所の規則制定権の範囲を逸脱するものであり、これを規則で実施することは国会の立法権を侵害する疑いがある。


よって、われわれは、最高裁判所がかかる制度を実施しないよう強く要望する。


右決議する。


1972年(昭和47年)5月20日
第23回定期総会


理由

  1. 最高裁判所は、昭和47年2月18日、一般規則制定諮問委員会に「一人制審理の特例に関する規則の制定について」との事項を諮問し、要綱案を審議の参考として提出して、右要綱案の審議を求めたが、右委員会は、弁護士出身委員の慎重審議を求める意見にもかかわらず、わずか3回の会合をもって審議を打切り、最高裁判所は、多数の委員の賛成がえられたとして、規則の制定によりその実施を進めようとしている。
  2. 右要綱案ならびにその説明によると、地方裁判所の単独体の裁判官は、その審理に一人の未特例判事補を関与させ、この関与裁判官は、裁判体の構成員とはならないものとするが、これをして証人等を尋問させ、裁判について意見を述べさせることができる。関与裁判官は法服を着用して単独判事と同席し、除斥・忌避・回避の対象となり、終局裁判について意見を述べた時は、裁判書に署名もしくは記名捺印する。などとなっており、この制度を最高裁判所規則をもって実施しようというのである。
  3. しかしながら、この制度は、ひとしく憲法により独立を保障されている未特例判事補を、その職権の行使において単独判事に従属する地位に立たせることになり、単独判事についても、その独立性をおかすものであり、憲法の保障する裁判官の独立を否定するものといわざるを得ない。また、この制度は、裁判の内容にも重大な悪影響を及ぼし、国民の裁判を受ける権利を危うくし、国民の裁判に対する不信をまねくことになるであろう。
  4. 最高裁判所は、この制度の目的は、単独制の強化と、未特例判事補の能力向上の2点にあるとしているが、この2つの目的は本来両立せず、この制度の実施により、未特例判事補の事務量を増大させ、また、単独判事としても、負担加重が避けられず、裁定合議事件の数の減少を来たすなど、かえって裁判の質を低下させる危険がある。さらに、裁判官の養成は、独立して職権を行使させることのなかにこそ求められるべきであり、裁判官を従属した立場におくことは、官僚的裁判官の養成を助長するのみであって、国民の基本的人権を守るため、良心に従い独立して職権を行使するすぐれた裁判官の養成には役立たないというべきである。
  5. この制度を最高裁判所規則で制定することは、憲法・裁判所法に違反し、国会の立法権を侵害する疑いがある。すなわち、憲法は、すべて司法権は、最高裁判所および法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属するとし、裁判所法はこれを受けて裁判所の構成について、地方裁判所においては、一人の裁判官が事件を取り扱う一人制および三人の裁判官で構成される合議制を定めている。 しかるに、この制度は構成員以外の裁判官を審理に立会わせ、証人等を尋問させ、さらには実体形成にも参与させようとするものであり、明らかに単独体審理の例外をなす別個の裁判体を構成することとなり、右裁判所法の規定に抵触する。このような構成の裁判所はもはや憲法32条の裁判所というに値せず、もしこの制度が実施され、関与裁判官が関与して判決が行われたとすれば、法律によって判決裁判所を構成しなかった場合として、絶対的上告理由を構成し、再審の事由となるものといわねばならない。
    そもそも、憲法77条に規定する最高裁判所の規則制定権は「訴訟に関する手続、弁護士、裁判所の内部規律及び司法事務処理に関する事項」に限られているのであって、裁判所の組織や、裁判の実体形成に直接的に関連する事項、国民の権利に影響を及ぼすべき事項はこれに含まれないのであり、この制度を規則で制定することは、最高裁判所の権限を逸脱し、国会の立法権を侵害するものといわなければならない。
  6. 以上のとおり、この制度は、きわめて危険な内容を有する問題の多い制度であり、われわれは、この制度の実施に強く反対するものである。われわれは、司法の独立をめぐって国民的論議を呼んでいる現在、最高裁判所が、司法制度の根幹に触れるこのように重要な提案を、本会との協議すらなしに、規則をもって急拠実施しようとしている意図に疑問を持たざるを得ないのであり、最高裁判所に対し、かかる制度を実施しないことを強く求めるものである。

昭和47年5月20日
日本弁護士連合会