プレサンス事件

2021年10月28日、大阪地方裁判所が、大手不動産会社であるプレサンスコーポレーション(以下「プレサンス社」という。)の元・代表取締役である山岸忍氏(以下「山岸氏」という。)に対し、業務上横領事件につき無罪判決を言い渡したえん罪事件。


事件の概要

Aは、学校法人M学院の経営に関心を示していた。2016年4月頃、Aは、プレサンス社の代表取締役である山岸氏から18億円を借り入れ、M学院の理事の買収(理事に金銭を支払い、理事会の議席の過半数を譲り受ける)に使い、理事長に就任した。


2017年7月、Aは、M学院の土地を売却して得た21億円で、山岸氏から借り入れた18億円を返済した。これは、A個人の債務をM学院の資産によって返済するものであり、業務上横領にあたる行為であった。


その際、Aは、プレサンス社の従業員Kや不動産管理会社代表取締役のY等、複数名と共謀した。


Aが山岸氏以外のものと共謀して業務上横領を行ったことには争いがない。


争点は、山岸氏がAに18億円を貸し付けた時点で、山岸氏に業務上横領の故意・共謀があったか、である。山岸氏は、A個人ではなくM学院に貸し付けたと認識していたと主張しており、業務上横領の故意も共謀もないと主張した。



身体拘束

2019年12月5日、まず、KとYが業務上横領容疑で大阪地方検察庁特別捜査部に逮捕された。


それに続く2019年12月16日、山岸氏も業務上横領容疑で大阪地方検察庁特別捜査部に逮捕された。以後、山岸氏は248日間にわたって身体拘束された。


なお、逮捕直後の2019年12月23日、プレサンス社から山岸氏の代表取締役辞任が発表された。



大阪地方検察庁特別捜査部の取調べ

検察官が立証の柱としたのは、プレサンス社の従業員Kおよび不動産管理会社の代表取締役Yの供述であった。


Yは、公判においては、「山岸氏にはA個人ではなく学院への貸付であると説明した」と証言した。


Yは、捜査段階では、「学校への貸付と説明した」という供述していた。その後、「個人への貸付であると説明した」と供述を変えたが、後に「個人への貸付との説明」という供述を撤回し、「学校への貸付と説明した」と述べた(ただし、その撤回は調書化されていない)。そして、公判でも「学校への貸付と説明した」との供述を維持したという経緯があった。


そこで、検察官は、「A個人への貸付であると説明した」という内容の供述調書を刑事訴訟法321条1項2号に基づき、証拠として採用するよう求めた。


しかし、これについては、判決の前段階で、その取調べ状況等を踏まえて、証拠として採用できないと判断された。すなわち、担当検察官は、Yに対する取調べにおいて、「山岸氏やプレサンス社の強い意向で本件に関与したのであればYの責任の重さが変わってくる。現時点ではAと同じくらい関与した。情状的にかなり悪いところにいる。山岸氏の意向があったというなら、情状は全然違うと思う。」などと述べていた。このような発言から、Yが山岸氏個人への貸付だと説明すれば処分が軽くなると考え、検察官に迎合した可能性を認定し、検察官の前で行った供述が特に信用できる情況で行ったとはいえないと判断したのである。


他方で、Kは、公判でも、「A個人に貸すことを山岸氏に説明した。学校の借り入れにするという説明はしていない。」と証言した。


Kの供述には、その内容が客観的証拠と整合しないという問題があった。すなわち、山岸氏への説明資料として、18億円はM学院を運営する「学校法人に」貸し付けると記載されている「学校法人M学院M&Aスキーム」というものが存在していた。


また、捜査段階からの供述経過を見ると、大きな変遷があった。そこで、検察官のKに対する取調べの録音録画映像の一部が、証拠として取り調べられた。映像には、Kが、検察官に対し、「山岸氏にはA個人への貸付であると言っていない」と供述したことに対し、担当検察官は「Aに貸す金であることを隠し、あたかも学校に出すかのようにしているということだから確信的な詐欺である、今回の事件で果たした役割は、共犯になるのかというようなかわいいものではない、プレサンス社の評判を貶めた大罪人である。今回の風評被害を受けて会社が被った損害を賠償できるのか、10億、20億では済まない、それを背負う覚悟で話をしているのか」などの発言をしていることが記録されていた。



無罪判決

大阪地方裁判所(坂口裕俊裁判長)は、「Kらの説明時の認識に基づき、基本的にはM学院への貸付である、あるいは最終的にM学院に債務を負担させる資金である、などと説明されていたことがうかがわれる」「当時、M学院の債務になると認識していても何ら不合理ではなく、逆に、M学院の債務にならない可能性があると認識していたというには合理的な疑いが残る」として山岸氏に対して無罪を言い渡した。


また、判決は、担当検察官のKに対する発言につき、「必要以上に強く責任を感じさせ、その責任を免れようとして真実とは異なる供述に及ぶことに強い動機を生じさせかねない。」と非難した。



blank令和3年10月28日 大阪地方裁判所判決(裁判所ウェブサイト)