カリフォルニア大学バークレー校(UCB) 留学体験記

目次

「UCBに留学して」 池永知樹 会員

弁護士になった当時は留学しようという発想自体まったくなく、今回自分がこの報告を書くとは思ってもいませんでした。弁護士になり5年位したころから徐々に考えるようになり、実務経験7年後、UCBに留学しました。

 

留学中の感想を簡潔にまとめれば、世界一の大国とされながら、その裏には我が国を遙かに凌駕する深刻な社会病理があり、アメリカの巨大法律家集団もまた、そのコントラストの中で引き裂かれるように、日々法律家の在り方を模索しているのが実情です。そして日本もまた(日本に限らず)、多かれ少なかれ、アメリカ型市場主義路線を走っており、その意味で、アメリカ留学は貴重な示唆を与えてくれる代え難い機会になりました。

 

さて、UCBのホームであるサンフランシスコ・バークレーは、近年保守化していくアメリカ社会とは対極にある感があり、多様性(diversity)をポリシーとして掲げています。その基礎になっているのが移民社会カリフォルニアです。子どもが通学した公立小学校においても、出身民族に応じた様々な髪型、服装、言語など、社会の縮図を観察できます。雑多な民族に加え、養子文化の強い社会でもあり、多様性に拍車をかけています。さらに今日、特にサンフランシスコ周辺においては、同性婚も法的に認められるようになりました。民族・血縁・性…と、様々な面においてdiversity社会を実感できるバークレーです。地方自治の側面においても、たとえば選挙会場では、住民は百数十頁のパンフレットを事前に検討した上、多数の個別法案の成否について直接投票権を行使していきます(投票事項が非常に多いため、有権者は選挙会場でコンピューター画面にYes, Noをクリックしていきます。)。自治権を行使し、多様性に満ちた環境で、またアメリカの豊富な物資も背景に、精神的にも物質的にも豊かな生活を送れる一面を指摘することができます。そして、大学キャンパスから見渡せるゴールデンゲート・ブリッジやサンフランシスコ湾といい、また、朝の独特の霧と、日中の乾いた空気と、降り注ぐ太陽とワイン(安いです)と、ある意味、ため息が出るような生活を送れることも一面にはあります。

 

しかしながら、一歩社会の裏側に視線を移せば、我が国を遙かに凌駕する深刻な社会病理・格差社会に苦しむアメリカ・カリフォルニアです。UCBも例外ではありません。公立小学校の段階でみられる民族的多様性が、格差社会の中、最終学府のロースクールにまで到達すると、かなり狭められる側面があります。周知のとおり、アメリカは、これに対処すべくAffirmative Actionを導入してきた歴史がありますが、その是非をめぐり、延々と論争が続いています。また、一流ホテルのすぐ後ろの古びた教会においては、ホームレスが毎日長い列を作り、食事の配膳を待っています。世界市場をリードするアメリカにおける強烈なコントラスト、深刻な社会病理は、忘れられない体験になります。

 

そしてアメリカ弁護士もまた、この強烈なコントラストの中に生きています。ロースクールのプログラムにもこのコントラストが反映されています。

 

ロースクールで何を選択するかは、まったく自由です。カリフォルニアの自由放任的な土壌もあります。各国からの他の客員研究員のみなさんも、それぞれの課題を暖めつつ、バークレーでの生活を楽しんでいます。研究室、パソコン、図書館、判例検索システムなどが提供されます。本来は、日弁連の客員研究員としてUCBにおいてプレゼンテーションの機会を持つことが求められているようです。しかしながら、英語堪能かつ博識な各国からの客員研究員(ほとんど学者です)やUCB教授らを前に、なかなかプレゼンというのは大変だと思います(しかし、UCBは日弁連に期待しているようです。)。これから留学されるみなさんは、ぜひチャレンジして頂けたらと思います。

 

自由放任ではありますが、もちろん大学では、中・長期的視点も踏まえて、日弁連客員研究員に対して、UCBに対する何らかの還元を求めていますから、このあたりのバランスには一定の配慮が必要であろうと思います。私の方でUCBに提出したもの、また帰国後に作成したものは、以下のとおりです。最後に、日弁連の留学制度とこれを支えてきた関係者のみなさまに、感謝申し上げます。

 

  • 留学中に作成し、UCBウェブ・サイトに掲載されたもの。
    ・The Phenomenon in the United States Juvenile Justice System of Blending Protective Sentencing and Criminal Sentencing, and The Issue of Stiffer Penalties in the Japanese Juvenile Justice System
    (UCBウェブ・サイト→http://repositories.cdlib.org/csls/fwp/32/
    ・Reconsideration of Japan's Revised Juvenile Act, and Considerations Regarding Juvenile Justice Reform
    (UCBウェブ・サイト→http://repositories.cdlib.org/csls/fwp/27/
  • 上記を日本語版として要約したもの。
    「ポスト逆送時代を迎えたアメリカ少年司法と原則逆送時代を迎えた日本の少年司法」(法律時報2006年78巻5号)
  • 巨大弁護士人口社会アメリカに留学しての感想など。
    「社会病理の進むアメリカと公益的弁護士」(自由と正義2006年3月号)
  • アメリカスタッフ弁護士の近況など。
    「常勤スタッフ弁護士の役割-米国の近時の取組から」(ジュリスト1305号)

 

 

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アメリカの弁護士過疎問題を学ぶ(UCB)  松本三加 会員

1 留学のきっかけ

弁護士があふれかえっているといわれているアメリカにも、弁護士過疎の問題はあるのだろうか。この疑問から、私の留学生活が始まりました。

 

私は、2001年から2年間、北海道紋別ひまわり基金法律事務所に赴任しました。任期終了後、東京に戻った私は、弁護士過疎対策の今後について意見を求められる機会を多く持ちました。その際、海外との制度比較を通じた長期的な展望の検討が必要であると感じましたが、この問題に関する海外情勢の資料は、皆無といっても過言ではない状況でした。そこで、自ら現地に乗り込んで集めるしかないと、留学を目指すことにしました。

 

日弁連の制度は、ひとつの研究テーマを追求する留学スタイルを希望していた私にとって、ベストの選択でした。

 

2 Visiting Scholar として

私が所属したLaw School内の「法と社会研究センター」には、世界中から法社会学の研究者10数名がVisiting Scholarとして滞在していました。年齢層は30代から70代、肩書きは世界的に著名な研究者から私のような実務家、駆け出しの講師まで、バラエティに富んだメンバーで、互いがそれぞれの専門分野に関心を持って議論できる環境は、非常に刺激的でした。日本の法律家についてバックグラウンドのない同僚達に対して、具体的に弁護士過疎地での仕事ぶりをイメージしてもらうことは決して容易ではなく、当初は、うまく伝えられずに話が終わってから後悔するという繰り返しでした。しかし、この経験は、後述する弁護士へのインタビューの際、大いに役立ちました。

 

3 授業の聴講

Visiting Scholarは、担当教授の許可を得て授業を聴講することができます。聴講した授業のうち、秋学期のLaw & Social justice(法と社会正義)と春学期のRestorative Justice(修復的司法)はとくに研究テーマになじむ講義でした。いずれも学生数15名程度のゼミ形式で、週1回、2時間30分行われました。担当教授は、大学卒業後、扶助団体のスタッフ弁護士として弁護士過疎地で数年働き、その後、カリフォルニアの地方中核都市で開業し、30年近く貧困層のために戦い、多くの画期的な判決を獲得してきた経験を持つ方でした。

 

秋学期のLaw & Social justiceの目的は、未曾有の格差社会に遭遇しているアメリカにおいて、問題に果敢に立ち向かう法律家としての姿勢を学ぶことでした。人種差別、男女差別、教育、労働、生存権、政治と金、裁判官選任システム、社会正義弁護士の働く場、憲法訴訟の立証の戦略といった具体的テーマについて授業が続きました。さらに、学生には、授業出席に加え、興味のある分野についてケーススタディを行い、学期末に成果を発表することが要求されます。私も日本での弁護士過疎解消の活動について報告する機会をもちました。学生も教授も、ひまわり基金制度が、弁護士過疎問題に全国的に取り組むスキームとしては、機能的で優れたものだと感心していました。

 

春学期のRestorative Justiceでは、犯罪被害者と加害者の対話の問題を扱うにとどまらず、新たな紛争解決システム構築について、コミュニティの再生などにまで視点を広げて、徹底的な検証がなされました。地域密着の弁護活動のあり方を考えたい私にとって、示唆に富んだ内容でした。授業の目玉は、死刑執行が行われているSan Quentin刑務所の訪問で、被害者との対話プログラムに参加している10人あまりの受刑者と、数時間にわたってひざを交えて対話することができました。受刑者と直接かかわる特別な企画に、外国人を受け入れてくれたことに、アメリカの寛容さを感じました。

 

4 フィールドワーク~インタビューを中心に~

研究については、上記の教授から、数人の弁護士の紹介を受け、彼らを訪ねてインタビューをするというフィールドワークを中心に据えました。単位の取得にとらわれず、自由に時間を使える、この制度の良さを存分に生かすことができました。

 

主要な訪問先は、カリフォルニア州の過疎地域を中心に活動している扶助団体でした。同州では、ロサンゼルス、サンフランシスコなどの海岸部大都市に弁護士が集中し、セントラルバレーと呼ばれる内陸部の農村地帯などでは弁護士が不足しており、これらの地域の貧困層に対する法的サービスの不足は深刻な問題になっていることがわかってきました。そこで、大都市にある各扶助団体の本拠地を訪ねるとともに、さらに人口数万人足らずの地域の扶助団体の支所を訪ね歩きました。

 

各地で目にした、使命感に燃えて忙しく働く弁護士たちの姿は、日本の公設事務所の弁護士や法テラスのスタッフ弁護士と共通するところがあり、国境を越えて共感と感動を覚えました。依頼された事件を受動的にこなすことに終始するのではなく、貧困層が何を求め、地域に何が必要かについて常にアンテナをはりめぐらせ、行政やNGOなどと協力しながら制度づくりに携わるのが、彼らの標準的な働き方でした。オプションではなく、当然に求められる働き方である点がとりわけ日本と異なるところであり、大いに学ぶべきであると感じました。

 

5 実りある1年

日弁連の留学に一念発起して応募したことで、予想をはるかに超えた、実りある1年を過ごすことができました。留学経験は、必ず、その後の法曹としての人生を豊かにします。少しでも関心のある方は、応募なさることを強くお勧めします。

 

 

 

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2008年度派遣 牧田潤一朗 会員 

留学の動機

弁護士になって以降、表現の自由を保護・促進するため、情報公開訴訟を中心に公益活動を行っていましたが、個々の訴訟活動より大きな視点であらためて情報公開制度を捉え直したいと思うようになりました。また、情報化社会の進展に伴いプライバシー侵害も市民生活を脅かす大きな問題となってきましたが、この問題についても、古くから議論されているアメリカでより深い勉強がしたいと思いました。

 

現地での研究活動

(1) ロースクールで

客員研究員として、図書館や研究室を利用したり、担当教授の許可を得てロースクールの講義の聴講ができます。聴講した主要な講義として、秋学期のプライバシーセミナーと春学期の情報プライバシー法があります。プライバシーセミナーは、学生10名ほどの少人数のゼミで、プライバシー問題について与えられた論文(古典的なものからインターネット・最新技術の問題など幅広い内容)を毎週5、6本読んだ上で、議論を行うというものです。情報プライバシー法は、大教室にてケースブックを用いて講義形式で行うものでした。授業の準備は非常に大変で、慣れるまでは土日もつぶして課題を読むことがあります。しかし、全米有数のロースクールの講義を、将来アメリカの司法界を担う学生達(社会人経験者も多い)の質疑応答と共に聴けたことは、非常に有意義でした。

 

また、ランチタイムには、ランチ付きの気軽な講演会が毎週2、3回は開催されていました。テーマは、国際人権擁護活動、死刑廃止活動、最新の知財判決の解説、サンフランシスコの法律事務所の就職事情、検事の仕事など幅広い上、講演者もその分野において第一線で活躍している学者、事件を担当した弁護士といった方々です。そのような著名な方々の話をランチを取りながら気軽に聞けて質疑応答できるのはバークレーならではと思います。これから法曹として活躍する人に、進路に関わらず幅広い視点を身につけてほしいというロースクールの願いがあるように思います。是非、日本のロースクールでも取り入れてほしい工夫です。

 

さらに、バークレーで開催された第二回プライバシー法学会に参加し、世界各地から集まった学者、法曹その他の関係者のプライバシー問題についての幅広い議論を聞き、日本の状況の簡単な紹介も含めて意見交換することができました。ここでは、プライバシー研究で名高いアラン・ウエスティン教授の含蓄のある講演を聴くことができた他、オフレコで論文未発表段階の最先端のプライバシーに関する議論がなされました。私は、プライバシーに関心のある人たちがこれほどたくさん集まって熱心に議論をしているということ自体に非常に感銘を受け、また、今後の日本におけるプライバシーの議論も世界中の新しいアイデアを取り入れながら進めていく必要性があると感じました。

 

(2) 学外で

プライバシー及び情報公開を専門とし、これらの問題を扱うNPOで働いているサンフランシスコの弁護士に、米国の情報公開制度について実務上、運用上の観点から質疑をすることができました。

 

また、ワシントンD.C.で行われた政府の情報公開・個人情報保護担当者向け研修会に参加し、政府における情報公開・個人情報保護の実務を知る機会を得ました。これにより、米国の情報公開の実務を開示請求する側とされる側から知ることができ非常に勉強になりました。一例を挙げると、研修会の冒頭で米国司法省の情報公開担当者が各政府機関の担当者に強調していたのは、「オバマ大統領は、『疑わしいものは開示』(“In the face of doubt, openness prevails.”)としている。なるべく多くの政府保有情報を開示できるように検討して欲しい。」ということでした。日本政府との違いに非常に驚いたのを覚えています。

 

おわりに

留学から帰ってすぐ日弁連の人権擁護大会の実行委員となり、再び北米におけるプライバシー保護の実態調査のため、ワシントンD.C.やカナダを訪問しました。また、来月には、UCBにて、日本のプライバシー保護の課題を話すことになっています。帰国後2年も経たない間に、このような機会を与えてもらえるのは、海外経験のある公益活動弁護士がまだまだ少ないという現状ゆえと思います。仕事の都合、金銭的な負担又は言葉の壁など、弁護士が海外留学に出るのは様々な障壁があるとは思います。しかし、海外で独自に情報を取得して国の政策形成に反映させたり、海外の研究者に日本の法制度の現状や課題を紹介するなど、留学経験のある公益活動弁護士の活躍の場は広いと感じます。そのために、できるだけ多くの方にこの制度による留学に挑戦していただきたいと思います。最後にこのような機会を設けてくださった日弁連、UCB及び関係者の皆様に深く感謝いたします。

 

 

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2009年度派遣 小林陽子 会員 

はじめに

2009年度、アメリカにおける犯罪被害者の支援制度の研究を目的として、カリフォルニア大学バークレー校(UCB)へ留学した。UCBには犯罪被害者学の授業がなかったため、ドメスティック・バイオレンス法(DV法)の授業を聴講したが、この授業を担当する教授がDV法の先駆者であるうえ人格的に素晴らしく、もう少しこの教授のもとで学びたいと思ったことから、2010年度は自ら申請をして留学を延長し、引き続きUCBに残り勉強できることになった。

 

大学内での生活

週に一度、DV法の授業を聴講したほか、昼休みに行われてる各種セミナーに参加した。昼休みに様々なテーマで、誰もが参加できるセミナーは、UCBが5、6年前から始めた試みで、当該テーマについて勉強できるだけでなく、他の学生と話せる場でもあり、とても有意義だった。

 

大学外での生活

教授の紹介で、DV被害者のためのワンストップセンター及び病院の見学、性暴力の対応に関する法曹関係者に対する指導や会議への参加、カリフォルニア州議員に対する法律改正等のためのロビー活動、DV事件の法廷傍聴などを行った。また、個人的にはカリフォルニアとニューヨークの病院、警察、検察庁、シェルター及び市役所へのインタビューを行った。さらに、日弁連のメンバーとして、ニューヨークの国連で行われた女性の地位委員会にも参加させて頂いた。この委員会には世界各国から約3400人が参加し、参加者の熱気に圧倒されるとともに、世界会議の中での日本を客観的にみることができ、英語ができないといって話すことを躊躇していたのでは世界では全く相手にされないということを実感した。また、他のロースクールでゲストスピーカーとして話すという機会にも恵まれた。

 

UCBが提供するその他のプログラム

UCBの国際室では、外国からの客員研究員のためにホストファミリープログラムを提供してくれており、私もこのプログラムで素晴らしいホストファミリーに出会うことができた。クリスマスやサンクスギヴィングなどの行事には食事に招待してもらったり、色々な相談に乗ってもらい、家族のように親しくさせてもらっている。また、YWCAではボランティアで英語を教えてくれる人を紹介してくれ、週に数時間英会話の練習をしている。

 

語学力

アメリカに来てから半年くらいは、授業で教授の話していることは聞き取れないし、学生のディスカッションはちんぷんかんぷんという状態が続き、とてもストレスが溜まり、先輩方に相談したりもしたが、英語のチューターをつけたり、ボランティアの学生やホストファミリーと会話したりしているうちに、だんだん耳も慣れ、拙いながらも言いたいことを伝えられるようにはなったと思う。それでも、多くの留学帰りの人たちに言われていたとおり、留学したからと言って英語が飛躍的に上達するわけではないというのは本当にそのとおりだと実感し、日々やきもきする毎日である。今後も英語でプレゼンテーションの場を設けたりしながら、自分に負荷をかけて英語上達のために努力したいと思う。

 

終わりに

まだ日本での弁護士経験も未熟なのに留学なんてしていいのかと数年間迷っていたが、アメリカでかけがえのない仲間と出会い、今までの自分の狭い観念を打ち破ってもらうことができ、思い切って留学して本当に良かったと実感している。LLMに行くことを考えたこともあったが、学位をとることには関心がなく、色々な人にインタビューしたり、機関を見学したいと思っていたため、客員研究員としての留学を選んで正解だったと思う。また、日弁連からの派遣ということで、教授や機関にすんなりインタビューに応じてもらうことができた。今後もアメリカ滞在中は、アメリカでの資格をとったり、インターンシップをしたりしながら貪欲に有意義な生活を送っていきたいと思う。

 

最後に、このような貴重な経験をさせてくれた日弁連の客員研究員派遣プログラムと10年間ホストをして下さっているUCBのシャイバー教授に深く感謝するとともに、今後も多くの人にこのプログラムに参加していってもらいたいと思う。

 

 

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2011年度派遣 國本 依伸会員

留学の動機

私は「医療を受ける子どもの人権」を研究するために、カリフォルニア大学バークレー校(以下、UCバークレーといいます。)に留学しています。

 

日本の医療機関において子どもたちが必要以上の苦痛と我慢を強いられているという問題意識から、大阪弁護士会の仲間たちと調査・研究をしてきました。その過程で、アメリカにおいて日本と比べると極めて先進的な取り組みが医療現場においてなされていることを知るに至り、当該制度による米国留学を希望しました。

 

UCバークレーを希望したのは、バークレーの隣市であるオークランドにこの分野での先進的な取り組みをしているChildren's Hospital & Research Center OaklandおよびMills Collegeがあったためです。

 

バークレーとイーストベイエリア

UCバークレー自体ものすごく留学生・外国人の多い大学ですが、イーストベイエリアと呼ばれるここサンフランシスコの対岸地域一帯が、移民・外国人のたくさん住む地域となっています。そのためか、誰もがみな外国人に対して親切で寛容です。英語が不得手な人と話すことに慣れている人が多く、その点では非常に助かっています。

 

この地域の街の構造は、基本的に自動車での移動を想定しています。しかしバスや電車などの公共交通機関もそれなりに発達していますし、いずれにも自転車ごと乗ることが可能です。そのため、私は4歳の娘と妻と3人で暮らしていますが、車を持っていなくてもそれほど不便は感じていません。むしろ子連れで街を歩いたりバスに乗ったりすると、いろんな人から声をかけられ、新しい友人を得られるという楽しみもあります。また周囲の人たちはみな、私たち家族が車を持っていないことを知っているため、どうしても車が必要なときは必ず誰かが助けてくれています。

 

この開放性には、研究面でも助けられています。最初にこちらの病院に訪問とインタビューを申し込んだ際には、何のツテもなくいきなり電話をかけたのでかなり緊張しましたが、相手はあっさりと受け入れてくれました。その後、様々な医療機関、公的機関、研究者などに訪問を申し入れましたが、みな一様にフランクかつ熱心に私の研究を助けてくれようとしてくれます。

 

研究環境

外国人留学生に開放的で寛容なのは、地域だけではありません。もちろんUCバークレー内でもその傾向は一貫しています。

 

授業の聴講は、ロースクール以外の学部の講義も含め、担当教員の了解さえもらえば自由に出来ます。一般的に教員の方々も開放的なので、特殊なクリニックを除き、私自身は聴講を断られたことはありません。そして、私が聴講した講義はいずれも大変面白く、アメリカの大学の力強さを思い知らされるものばかりでした。

 

また、講義を担当されていない先生方にも個別に時間をとっていただき、研究の相談にのっていただいたりもしています。

 

私たち日弁連からの客員研究員は、希望すればブースを与えられます。そこではプリンターも自由に使えます。学内にある全ての図書館および大学が契約している様々なデータベースサービスを使用することも可能で、極めて恵まれた研究環境にあると思います。

 

英語学習

夏期休暇期間中には、UCバークレー内で英語学習者・外国人向けのサマーセッションプログラムが多数開講されます。通常セメスター開講後も、インターナショナルオフィスが留学生向けに様々な英語学習プログラムを比較的安価な金額で提供しています。またキャンパス内には、English Study Instituteという常設の英語学習機関もあり、プログラムによっては、客員留学生は割引価格で受講することも可能です。

 

私自身は現在、バークレーYWCAのランゲージパートナー紹介システムとバークレー市営Adult SchoolのESLクラスを利用しています。後者のESLクラスは半年で授業料45ドル(2011年度)と格安ながら授業内容は民間の英語学校に劣るところはなく、UCバークレーの客員研究員やポスドク、政情不安定な母国から逃げてきた人、子育てが一段落したので英語の読み書きを習いに来た人、仕事を求めてカリフォルニアに渡ってきた人などなど、文字通り世界中から集まってきた様々な人が利用しています。

 

さいごに

ここUCバークレーで研究生活を送れることの素晴らしさはたくさんありすぎて、それを簡潔に表現するのは正直難しいところがあります。あえて試みるならば、素晴らしい大学設備・教員・学生に囲まれて学問的刺激を受けつつ、イーストベイエリアのDiversity(多様性)を肌で感じながら、研究者に対するアメリカの開放性と寛容さを実感できるこの経験は、日本の法律実務家にとって何物にも代え難い経験になると思いますし、僕自身そのようにしなければならないと考えています。

 

 

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2010年度派遣 中島 千絵美 会員

アメリカにおける非行少年の処遇状況、主として、修復的司法の実践について学びたいと考え、2010年8月、客員研究員として、カリフォルニア大学バークレー校のロースクールに留学しました。

 

学生ではなく、客員研究員ということで、多少の不便を感じたこともありましたが、研究活動を行う上での支障は特になく、様々な経験をすることができました。

 

研究環境などについて
  1. 学内での研究について
    客員研究員は、教授の許可を得れば授業を聴講することができますし、図書館やlexisなどの利用も可能です。私は、修復的司法を研究テーマにしていたため、修復的司法(Restorative justice)のクラスを聴講しました。授業は少人数制で、生徒のプレゼンとディスカッションで構成され、毎回、膨大な量のリーディングの宿題が出されました。

    そのため、予習も含め、授業についていくのはかなり大変でしたが、修復司法プログラムの実施に携わっている様々なゲストスピーカーの話を聞くことができ、とても有意義なものでした。また、ロースクールで修復的司法を扱っていた授業はこの1クラスだけでしたが、他学部の授業でも修復的司法をテーマとして取り上げていたものがあったので、その教授の許可を得て、授業を聴講させてもらいました。他にも、学生グループが修復的司法に関する活動を行っており、講演会なども主催していたため、その活動や講演会に参加したりもしました。これらの活動を通じて、修復司法プログラムを実施している私的団体等の存在を知ることができ、学外の研究活動につなげることができました。
  2. 学外での活動について
    授業や講演会への出席等によって得た情報を基に、ロースクールの客員研究員ということで、サンフランシスコで修復司法プログラムを実施している団体のミーティングやバークレー市主催のフォーラム等に参加しました。また、バークレー市内で活動している同種団体の主催者や、少年事件を対象にファミリーグループカンファレンスを行っている団体のメンバー、中学、高校等における修復司法プログラムのサポート組織のメンバーなどに、活動内容やボランティアのトレーニングに関するインタビューを行いました。さらに、現地裁判事(元少年裁判所(総括)判事)を中心とする、少年事件を対象とした修復司法の実践及びそのためのネットワーク作りを目的としたタスクフォースの定期ミーティングにも参加することができましたが、この活動は、少年裁判所、検察官、警察官、保護観察官、学校関係者、福祉関係者など、少年(子供)に関わる全ての団体や組織のメンバーが集まり、修復的司法の実施に向けた話し合いを行うもので、その取り組み自体に大変刺激を受けました。

    以上のほかにも、ティーンコートの裁判傍聴等を行ったりしましたが、これらの学外活動を通じて、授業では得られない実務的な知識を得ることができ、また現状を把握することができたため、非常に勉強になりました。
その他の活動について

バークレーでの研究開始前に、アメリカの法制度に関する基礎的な知識が得られればと考え、カリフォルニア大学デービス校のサマープログラムに参加しました。そこでは、アメリカの刑務所や拘置所、裁判所などを見学することができ、とても貴重な体験になりました。

 

さらに、日弁連のメンバーとして、国連の女性の地位委員会にも参加させていただくことができましたが、世界の女性たちのパワーを目の当たりにするとともに、新たな分野の知識を得ることもできました。この委員会への参加は色々な面でとても勉強になりましたので、このような機会を与えていただいたことについては、本当に感謝しています。

 

現地の生活環境について

カリフォルニア大学バークレー校があるバークレー市は、サンフランシスコから地下鉄で約30分ほどのところにあります。バークレー及びその近郊は、車がなくても、バスや地下鉄などでかなり広範囲に移動することができ、生活しやすく、学外の研究活動にも支障はありませんでした。また、気候的にもとても住みやすいところです。日本人学生や研究者も多く、ビジネススクールの学生を中心としたネットワークもあるので、初めてのアメリカ生活でも特に心配することはないと思います。

 

終わりに

留学を通じて、様々なことを学び、体験することができました。留学したことによって得られた貴重なものです。必ずしも法律や弁護士業務に関係するものばかりではありませんが、その全てが色々な形で今後の業務に役に立つものと思います。留学を通して、世界を知り、また日本を知ることができると思います。多くの方に、この留学制度を利用していただければと思います。

 

 

 

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2012年度派遣 中村 剛会員

 

UCバークレーの特色

カリフォルニア大学(UC)バークレー校は、西海岸では、私立スタンフォード大学と並ぶ州立の名門校で、ロースクールも、例年、全米トップテンにランキングされています。UCLAなど州内に10あるUCの本校にあたり、その人気は絶大。大学のロゴ入りシャツを着ていると、州の内外を問わず、何度も声をかけられることになります。学内では、思想表現、学問研究の自由の保障が徹底され、その結果、多くのノーベル賞受賞者を輩出する一方、原爆が開発されたのも、テロリストに対する過酷な尋問を正当化する理論が提唱されたのも、この大学です。世界の多彩な文化や知識の吸収に極めて貪欲であるのも特徴で、多くの外国人学生や研究者をキャンパスに集めており、アジア系学生は全学生の3割を超えています。


バークレーという街


バークレーという街は、サンフランシスコ湾の東岸に位置し、ベイブリッジを渡って西にサンフランシスコ、南に全米で2番目に治安が悪いと言われるオークランド、さらに南にシリコンバレー、北には世界的なワインの産地であるナパ・ソノマがあります。大学を中心に、自由を尊び、陽気で無遠慮、多国籍・無国籍な独特の文化圏が構成されており、アメリカの他の地域からは「バークレー独立共和国」などと呼ばれることもあります。大学前を通るシャタック・アベニューには、世界各国の料理店が軒を連ねており、ギリシャから日本まで、トルコ、ペルシャ、パキスタン、インド、チベット、タイ、ベトナム、中国、韓国と料理が徐々に味を変えていくのを実体験することも可能です。


残念ながら治安は完全とは言えません。私自身が被害に遭ったことはありませんが、スマホのひったくり、自転車盗、図書館でのPC盗などが頻発しているほか、先日は、夜間に自転車で帰宅中の女性が殺される事件も発生しました。日没後の一人歩きには注意が必要です。なお、隣接するアルバニー市はほぼ完璧に治安が保たれており、私はこちらにアパートを借りて過ごしています。


留学生活


私は、犯罪組織からの離脱者支援の観点から、連邦及び州の証人保護制度について研究しています。図書館などで文献を取り寄せ、それをコツコツと翻訳する地味な毎日です。ただ文献を読むだけでは飽きが来ますので、週2回各90分のペースで元連邦検事が教授を務める刑事訴訟法の講義を聴講したり、オークランドの連邦裁判所、州裁判所の気になる刑事法廷を傍聴するなどして、アクセントをつけています。


語学の問題


大学入試以来、全く英語に関わってこなかったため、出願を思い立った時点(選考の年の1月)での語学力は極めて乏しく、5月に初めて受けたTOEICのスコアは500点代半ばでした。その後、いわゆる「単語集」、「攻略本」、「公式問題集」の類を徹底的に潰して、6月のテストで何とかスコアを710点にまで引き上げ、採用にこぎつけました。ただ、留学後、語学では相当に苦労することになりました。渡米後約1年ほど経ちましたが、ネイティブスピードの英語を完全に理解するには厳しく、7割を聞き取り、残り3割を推測でカバーしているというのが実感です。


語学の訓練のため、週2回3時間ずつ、地元のアダルトスクールの外国人向け英会話クラスと、週2回90分ずつ、大学が提供する留学生向けの発音、プレゼンテーションのクラスに出席しています。いずれも無償ないしそれに準じる安い費用で受講可能です。その結果、流暢にとまではいかないまでも、プレゼンで笑いをとれる程度には上達してきました。


家族との生活


私は、妻(大学教員)と8歳、5歳の娘と共に渡米しました。妻は大学に直接出願し、わりかしすんなりと客員研究員の地位を与えられました。子どもたちは地元の公立小学校に入学し、語学に苦しむ親を尻目に、瞬く間にネイティブな英語を物にしてしまいました。アルバニー市には3つの公立小学校があり、いずれも全米で有数の学力レベルを誇っています。世界各国からの訪問研究者家族が多いという土地柄、学校側も外国人生徒の扱いには熟練しています。クラスメートの約3分の1は外国人で、外国人生徒のための語学強化のための特別クラス(ELD)も設けられており、子どもたちは違和感なく学校生活に溶け込みました。


最後に


留学生として一時的に仕事を離れることで、じっくりと腰を落ち着けて勉強をし、家族と毎日食事ができる幸せを噛み締めています。久しくこういった時間から遠ざかっていました。このような時間を過ごせるのも、留学を支えてくれている事務所のボス、弟弁、事務職の皆さんのおかげです。残り3か月の留学期間を有意義に過ごし、帰国後は少しでも恩返しができればと考えています。

 

 

 


 

 

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2013年度派遣 金秀玄 会員

はじめに

2013年6月にバークレーに留学してから、早いもので8か月が経ちました。これまでの滞在生活を振り返り、私にとっての留学の意義を整理してみました。近い将来の留学を検討されているみなさんにとって、この体験記が小さな後押しとなれば幸いです。


留学のきっかけ


私が留学したのは弁護士6年目の夏になります。もともと留学志向はなかったのですが、外国人事件を専門的に扱う東京弁護士会の公設事務所で勤務するようになってから、留学経験のある同僚の仕事ぶりを日常的に目にするようになり、自分も活動の幅を広げたいと感じるようになりました。また、業務上、いわゆる入管法に関する案件を扱うことが多く、個人的な関心もあったのですが、大学、法科大学院を通じて体系的に学ぶ機会はなく、事案に対する理解の浅さを感じていました。そこで、日弁連推薦留学制度の選考を通じて、移民の国アメリカにおいて最も移民フレンドリーな裁判所をもつカリフォルニアのバークレーに留学することになりました。


私にとっての留学の意義


何のために留学をするのか、それは人それぞれ異なると思います。そして、留学前に考えていたことと、実際に留学してみて感じることも、異なります。私にとっての留学の意義を、8か月間の留学生活を振り返って現時点で考えるならば、「より大きな文脈の中で自分自身をとらえ直し、自分のあるべき位置、進むべき方向を再設定する機会を得られること」だと感じています。ここでは、この留学の意義をもたらす要素を3つにまとめてみました。


まず、異なる価値観、考え方を体感すること。アメリカに来てみると、人々の振る舞いなど日常の細かなことから、法制度の発展過程を踏まえた社会の仕組みまで、日本と想像以上に相違の多いことに気づかされます。私にとってバークレーの最大の魅力は、その体現する多様性と、多様性を積極的に受容しようとする空気を実感できることにあります。一例として私の息子が通う大学付属保育園のクラスを例に挙げると、アメリカの他に、メキシコ、フランス、イスラエル、チリ、モンゴル、中国、韓国、日本を親の出身国にもつ子どもたちが在籍しています。異なる出自を持つ子どもが新たにクラスに加わると、先生たちは「Amazing!!」といって歓迎します。グループに異なる要素が加わることで、全体の利益が向上することを期待しており、バークレーはこのような雰囲気に溢れています。もちろん、大学には世界中から学生や研究者が集まっており、アメリカ以外の国の社会状況や人々の考え方に触れることもできます。日本が客観化、相対化され、世界がより身近になります。


次に、思索を深めること。弁護士として忙しい毎日を送っていると、疑問に思いながらも立ち止まって深く考える余裕がなく、押し寄せる仕事量に時にその疑問すら忘れてしまうこともあると思います。しかし、留学期間中は、実務経験で得た問題意識について思索をめぐらせることができます。私の研究対象である移民法についてみてみると、ロースクールでの移民法講義以外にも、特別講師として訪れる多くの実務家の話を聞く機会があり、学生主体のグループがイベントを立て、多彩なNGOがそれぞれの目的に応じて充実した活動を行っており、日本にはない移民裁判所を傍聴すれば裁判官が丁寧に質疑に応じてくれる、といったように学ぶ機会に溢れています。客員研究員はLLM生と違って単位や試験を意識しなくてよいので、自己の関心に従って自由に活動し、専門性を深められることは大きなメリットです。


最後に、やや色彩は異なりますが、家族との時間です。私は妻と2歳の息子と一緒に留学しています。弁護士である妻も一般の客員研究員として活動しているので、平日は息子を保育園に預けています。それでも、毎朝爽やかなバークレーの空気の中を3人で保育園まで向かい、5時過ぎにお迎え、お風呂でひと遊びしてから夕飯を3人で食べ、嫌がる歯ブラシをあの手この手で説得し、寝渋る息子に絵本を読んで寝かしつけるという毎日は、休日の旅行と相まって、濃密な時間を与えてくれています。留学中の特別な時間、という風にも考えがちですが、保育園では我々の他にも夫婦で迎えに来る家庭が多く、ワークライフバランスについて考えさせられます。


おわりに


もちろん、上に挙げたものの他にも、留学先でしか味わえないものは無数にあります。バークレーの一年中過ごしやすい気候、海と山が視界に入る立地。明るく気さくな人々と、ミスをしても全く悪びれずむしろ開き直る人々。ヨセミテ、ナパ、LA、サンディエゴ、ラスベガス、グランドキャニオン、レイクタホなどへの旅行。偶然同時期に滞在した親友家族との交友。こちらで初めて知り合った人々と過ごすハロウィンなどのアメリカの祝日。なぜか毎日グラウンドにいる多国籍な老若男女とのサッカー。振り返っては懐かしく思うことになるだろう日々を過ごしながら、自分自身の裾野を広げ、専門性を高め、今後の弁護士人生を納得して進む糧を得る。私にとっての留学の意義を改めて噛み締めながら、残された時間を楽しみたいと思います。

 

 

 

 

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2014年度派遣 若井英樹 会員

留学の動機


カリフォルニア大学バークレー校ロースクールのホームページに日弁連留学生派遣制度を紹介するページがあります。2000年から2014年まで歴代15人の留学生の研究テーマが掲げられていますが、私の研究テーマは生物多様性オフセットです。


生物多様性オフセットは、簡単にいうと、開発が地域の生物多様性に及ぼす悪影響を他の地域に生物多様性を創出することなどによって相殺しようというものです。近年、開発によって急速に失われつつある生物多様性を総体的に保全する方法として、世界各国で実践され、日本でも導入の可否が検討されてきました。


ここ数年、日弁連公害対策・環境保全委員会で研究や議論を重ねるうち、生物多様性オフセットのパイオニア的存在であるアメリカで研究してみたいという思いが嵩じ、今回の留学になりました。


講義


秋学期は2014年8月下旬から始まり、Biodiversity Lawというコースを受講しました。渡米早々でしたが、コースの目標が、生物多様性を保全するため米国の主要な法律を具体的情況や政策決定に応用する能力を養うというものですから、生物多様性オフセットを研究テーマにする者として聴き逃すわけにはいきません。


カリフォルニアには世界遺産のヨセミテ国立公園やレッドウッド国立公園を始めとして豊かな自然があります。これらの自然を守り、また守ろうとしてきた人々の長い運動の歴史もあります。国立公園の父といわれるジョン・ミューアが保全に全精力を注いだシエラネヴァダ山脈はカリフォルニアの貴重な自然資源となり、また1892年に創設したシエラクラブは有数の自然保護団体になり活発な活動を展開しています。州の中心的な大学であるバークレー校が生物多様性に関するコースを用意しているのは自然の成り行きともいえ、このコースもその一つです。


教授は数々の環境訴訟を手掛けてきた弁護士、また12人の学生のほとんどは、実社会で、生物学の研究、自然保護団体での活動、国立公園での野生オオカミの研究、西太平洋でのサンゴ礁の調査、コスタリカでの森林基金の設立など、種々の活動に参画した経歴をもち、年齢も様々です。


クラスのフィールドワークで野生生物保護区に行ったことがあります。シエラネヴァダ山脈に源流を発して西に下り、米国有数の農業地帯セントラル・バレ-を潤し、最後にサンフランシスコ湾に流入するサンホアキン河。その河口に小さな砂丘地帯があり、世界中でここにしかいないという、種の保存法で絶滅危惧種に指定されたチョウが生息しています。保護区の職員やNGOメンバーの手ほどきで、そのチョウが産卵する唯一の植物というソバの苗木を数十本ほど砂丘の斜面に植え付けました。アメリカ合衆国の生物多様性保全のために、みんなで一汗かいたわけですが、貴重な自然が身近に残されているカリフォルニアのバークレーならではの一幕でした。


今は春学期の後半に入り、環境分野全般を扱うEnvironmental Law & Policyというコースを聴講しています。環境法の基本とあって、30人ほどの学生の大半は学部を出たばかりの若い人たちです。そういう中で、コモンローとかニューサンスの講義を聴いていると、学生時代の昔に戻ったような気分になります。


大学の環境


キャンパスは、西のサンフランシスコ湾から東のバークレー・ヒルに向かう緩やかな斜面上にあります。大学のランドマークになっているキャンパス中央のサザータワーから眺めると、樹木の中にホールが建ち並ぶキャンパス、その向こうにバークレーのダウンタウン、さらにサンフランシスコ湾が広がって、遠く正面にゴールデン・ゲート・ブリッジ、と、まさに絵に描いたような風景が展開します。


キャンパス南の正門前に、大学の管理棟があるスプラウル・ホールとスプラウル広場がありますが、この広場で2014年10月1日、フリー・スピーチ・ムーブメント(FSM)50周年の集会が開かれました。FSMは、1964年10月1日、この広場で学則に反して政治ビラを配布した卒業生がパトカーに連行されかけた事件に始まり、学生によるスプラウル・ホールでのシット・イン、警官隊による学生800人以上の逮捕、それに対する学内外からの批判の高まりという経過を経て、ついに大学当局が折れ、学生の言論の自由が全面的に認められるに至った運動のことをいいます。


FSMは、当時のアメリカの学生運動だけでなく、その後のアメリカの政治文化に大きな影響を与えたといわれ、今、これを大学全体が誇りにしているようです。キャンパス中央の図書館にはFSMという名のカフェがあり、スプラウル・ホール前のステップの真ん中には、運動の中心になった哲学科学生マリオ・サヴィオの銘板が貼られています。


バークレーは、穏やかな気候に恵まれ、新鮮な食べ物が豊富にあり、気さくで飾らない人々がいて、そして、大学や地域に自由の気風が溢れ、まことに心地の良い ところです。

 

 

 

 

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2014年度派遣 板倉由美 会員

はじめに


「Gender Equal Payの実現と労働政策および市民参加」を研究テーマに、UCバークレーのロースクールで客員研究員をしています。


留学のきっかけ


主に労働者側の立場で労働事件を扱うなかで、不合理な格差を防止・解消するための法律や市民の役割について外国ではどのようになっているのか知りたいと思いました。特にアメリカについては、多民族、格差社会と言われる一方で、男女賃金格差(男性の収入を100とした場合の女性の収入の割合)は8割を超え、IT企業をはじめとする世界的企業で次々と女性の役員が誕生し、性差別事件やセクハラ事件に関する豊富な判例、集団訴訟(クラスアクション)や懲罰的制裁制度により法律違反に対して莫大な金額の判決が命じられるという現状およびその背景にある労働政策や市民運動に関心がありました。労働市場のグローバル化が進み、国際的な視点で労働者の権利保護を考える必要性が高まる中、労働者側の弁護士も海外とのネットワークを広げ、外国法の知識・文化を習得することが必要ではないかと感じていたことも動機のひとつです。


研究生活


(1)研究環境
日弁連派遣の場合は、Sho Sato Program in Japanese and US Lawに所属します。希望すればLawSchool棟内のVisiting scholar用に自習室のような部屋(世界中から多くのVisiting scholarが来ています。)に机を割り当ててもらえます。図書館は自由に使えます。自分のパソコンから、Westlaw NextやLexisNexis for Law Schoolにアクセスできるよう手続をしてもらえます。


(2)聴講
研究生活の中心は、Law Schoolでの聴講です。Law School以外でも担当教授の許可が得られれば、聴講することができます。バークレーには、フェミニズム理論のジュディス・バトラーやクリントン政権下で労働長官を務め、現代の格差・貧困問題の理論的支柱であるロバート・ライシュなど世界的なスター教授がいます。Law schoolのみでもジェンダーや労働法に関する最先端の議論を学ぶことができる授業が複数、用意されています。例えば、ジェンダー関連のクラスは、前期(秋期)は、Domestic Violence、Sexual and Gender harassment、Regulating Sex and Sexualityが、後期( 春期) は、Sex based Discrimination、Sexual Orientation and the law、The Future of Reproductive Rights、Psychology of Diversity and Discrimination in American Lawなどがありました。労働法や市民運動、社会正義に関する授業も複数あります(Employment Law、Business、Social Responsibility and Human Rights、Labor law、Law and Organization、Law and Social Justiceなど)。私は、前期は、15人程度のセミナークラスであるSexual and Gender harassmentと80人規模のEmployment Law を、後期は、10人程度のセミナークラスであるSex based Discriminationを聴講しています。聴講と言っても「聞いているだけ」の授業は殆どなく、大規模クラスでも周囲の学生とグループを作って、ディスカッションをするよう指示されます。課題の量は膨大で、最低でも50ページ以上は読むべき資料があります。


セミナー形式のクラスは、判例を読み込んで、本当にこの裁判官の考えでよいのか、どこが問題なのかについて意見を求められます。ゲストスピーカーをお招きして実際の関連事件について直接お話しを伺う機会もあります。アメリカでは、性差別事件といっても実に多様・多数の判例があり、日本では数少ないセクシュアルマイノリティに関する判例も多く、労働者が権利行使しやすい法的救済制度、NGOや弁護士団体などのサポートシステムが整っており、権利意識も高いことを実感します。


(3)フィールドワークについて
アメリカの中でもサンフランシスコを中心とするベイエリアは、移民が多く、多様なセクシュアリティに寛容です。LGBT、人種ごとのコミュニティもたくさんあります。市民運動も活発で、労働組合、NPOや地域コミュニティが自治体の条例制定に大きな影響を及ぼしています。例えば、サンフランシスコ市は2018年までに最低賃金を$15にするという条例が制定されていますが、背景には強力な市民運動があるとされています。市民派の弁護士団体も女性の労働弁護士で組織するEqual Rights Advocate、アジア系の弁護士団体Asian Law Caucus、ラティーノ系移民の法律支援をするCalifornia Rural Legal Assistance、LGBTの法律支援団体Transgender Law Centerなどがあり賃金不払事件や性差別・セクハラ事件などで大きな成果を上げています。


2015年1月に日弁連貧困問題対策本部の方々が、最低賃金とホワイトカラーエグゼンプションの調査に来られ、現地コーディネートとして上記のうち、いくつかの団体を一緒に訪問しました。また、UCBの職員労働組合、SEIUのWomen Solidarityの他、いくつかの女性団体の勉強会に参加させて頂いています。


最後に


留学期間の1年間は本当に短く、語学力も充分でなく、もどかしい思いをすることもあります。しかし、得られる人脈、経験はかけがえのないものです。皆さんも、この制度を利用し、広い視野と好奇心をもって、様々なことにチャレンジして頂きたいと思います。