人権デュー・ディリジェンスのためのガイダンス(手引)

 

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2015年1月7日
日本弁護士連合会


 

このたび当連合会は、2011年6月の国際連合の人権理事会において「ビジネスと人権に関する指導原則:国際連合『保護、尊重及び救済』枠組実施のために」(以下「指導原則」という。)が採択されたことを受けて、指導原則に基づき、企業が人権を尊重する責任を果たすための人権デュー・ディリジェンスについての日本企業向けのガイダンス(手引)を公表する。

 

1 ガイダンス(手引)の意義

我が国では、「企業の社会的責任(CSR)」の流れにおいて、当初は環境配慮や社会貢献が中心的な経営課題と理解されていた。企業に人権を尊重する責任を果たすことを要求する指導原則が国際連合の人権理事会にて全会一致で承認されて以降、人権課題が中核的な経営課題として浮上し、企業はこれに真摯に取り組まざるを得なくなってきている。

指導原則は、企業が尊重すべき人権の内容に関して「国際的に認められた人権」を基準としている。国際的な人権課題においては、国際的な人権に関する条約や規約等を一部批准していない日本社会の現状とのギャップは大きい。そのため、日本企業が指導原則に基づく人権尊重責任を果たしていくためには、いまだ経験のない人権課題が無限にあることを前提におき、新たなリスクの発見と組織学習を繰り返すことによって「人権感度の高い組織」を作り上げることが必要である。そのことが企業と社会の持続可能な成長を阻害する人権問題の発生の防止につながる。そこに、指導原則に基づいて人権課題の所在と管理状態を見直す意義があるのである。

指導原則は、以上のような「国際的に認められた人権」を尊重する企業の人権尊重責任を「国内関係法令の遵守義務の上位概念」と位置付けた上で、企業に対し、人権課題を「法令遵守における課題」(Legal compliance issue)として扱うことを要求している。このことから、弁護士の団体である当連合会が、日本の企業が国内外の経営管理として、どのようにして指導原則に従ってこの人権課題に取組み、企業の事業活動及び法令コンプライアンス実務に統合させるかについて、企業向け並びに弁護士が企業への助言等行う際の手引きとして作成することとした次第である。

 

2 ガイダンス(手引)における留意点

本ガイダンス(手引)では、人権の「デュー・ディリジェンス」という、指導原則において使われている用語を使用している。通常、日本の企業の実務では、「デュー・ディリジェンス」という用語は、企業買収に際して、相手の企業価値や潜在リスク等を事業・財務・法令・契約・人事労務・環境等の観点から調査・評価する作業の意味に使われることから、この人権「デュー・ディリジェンス」を「国際規格に基づく第三者認証手続」の如くとらえる向きもあるが、それは誤りである。

デュー・ディリジェンスの本来の意味は、「(負の影響を回避・軽減するために)その立場に相当な注意を払う行為又は努力」といった意味である。指導原則では、この「デュー・ディリジェンス」は、「企業の役職員がその立場に相当な注意を払うための意思決定や管理の仕組みやプログラム」であり、経営責任の有無の判断基準を提供することにあるとされ、これはすなわち「人権リスクに関する内部統制」である。

本ガイダンス(手引)は、企業が人権課題に対する取組をいかに内部統制システムの中に位置づけるかに関して具体的に解説している。

 

3 ガイダンス(手引)の特徴-CSR条項の提唱

本ガイダンス(手引)は、サプライヤー契約における「CSR条項」に関しそのモデル条項を提唱すると共に、その法的論点に関して解説している。

CSR条項とは、サプライヤーとの契約においてサプライヤーに対しCSR調達基準・行動規範等を遵守する義務を負わせる条項である。サプライチェーンにおける人権・CSR配慮の必要性が急速に高まっている現在、CSR条項は、サプライチェーン全体を通じた人権・CSR配慮を実効的に推進するための法的ツールとして、様々な機能を果たしうる。

サプライヤー契約におけるCSR条項の導入は、弁護士の法的なサポートの下、企業の法務部や経営トップも一体となって、人権デュー・ディリジェンスを実施するための重要なきっかけとなりうるものである。その法的な論点を正確に理解した上で、積極的に導入を検討することが望まれる。

 

4 ガイダンス(手引)の活用方法

本ガイダンス(手引)は、企業及び企業への助言等を行う弁護士が、指導原則に基づき、人権リスクを評価し、負の影響を回避・軽減するための内部統制システムを構築する際の手引きとして機能することが期待されている。

また、自らの企業活動における手引きとなることだけではなく、取引先(調達先、業務委託先、販売先、融資先、業務提携先、買収相手等)と取引を行う際に、取引先を人権に配慮した適切な活動を行っているか否かを評価し、適切な事業活動に誘導するための手引きとしても機能することが期待されている。

 

5 ガイダンス(手引)作成のプロセス

本ガイダンス(手引)作成にあたっては、人権の課題に取り組んできたNGOと協働して意見交換のための会議を重ね、さらに作成した素案についてグローバル・コンパクト・ジャパン・ネットワークに加盟する多数の日本企業、ジェトロ・アジア経済研究所「新興国市場におけるビジネスと人権」研究会等の関係者とも対話を行って完成させた。関係各位の御協力に感謝申し上げる。

 

6 ガイダンス(手引)の構成

本ガイダンス(手引)は、その第1章においては、指導原則が国際連合人権理事会で採択された意義及び指導原則が規定する企業の人権尊重責任の概要を解説している。その上で、企業が指導原則に基づいて人権尊重のための取組を行う必要性・重要性が高まっていること、とりわけサプライチェーン全体における人権・CSR配慮の必要性が高まっていることに関して、具体的に説明している。

第2章においては、企業が人権尊重責任を法令遵守の問題として扱うための具体的な方法を解説している。まず、指導原則に基づき企業が尊重すべき国際的に認められた人権基準とはどのようなものかを明らかにした上で、企業はいかなる優先順位に従い、いかなる人権ルールを尊重していく必要があるのかを説明している。その上で、どのような見方をすれば企業活動が抱える人権課題を抽出でき影響評価を進めやすくなるのか、その考え方の枠組みも示している。

第3章においては、人権デュー・ディリジェンスへの実践的な助言を提供している。企業が人権の課題を事業活動に組み入れるため、事業マネジメントと人権配慮との統合はどのようにすればいいのか、指導原則の三つの主要な構成要素にしたがって実施のステップや推進上のポイントはいかなるものか、具体的な事例やQ&Aを含めて明らかにしている。

第4章においては、企業の人権尊重責任の実践例を解説している。まず、サプライチェーンに関する企業の人権配慮の取組の事例を紹介している。それと共に、各当事者グループに焦点をあてた企業の人権尊重責任の具体化の例として、女性のエンパワーメント原則及び子どもの権利とビジネス原則を解説した上、これらの原則に関する企業の実践例を紹介している。

第5章においては、サプライヤー契約におけるCSR条項に関しそのモデル条項を提唱すると共に、その法的論点に関して解説している。CSR条項を、これまで多くの日本企業が導入している暴力団排除条項と比較分析することにより、望ましい条項の内容のあり方とその法的課題を検討している。

なお、指導原則の和訳は、一般財団法人アジア・太平洋人権情報センター(ヒューライツ大阪)及びサステナビリティ日本フォーラムの共訳による訳文を本文中に引用し、参考資料として転載させていただいた。改めて謝意を表す。

(※本文はPDFファイルをご覧ください)