生殖医療技術の利用に対する法的規制に関する提言

2000(平成12)年3月
日本弁護士連合会


本提言について

1. 第三者からの卵子・精子・胚の提供及び代理母・借り腹(ホストマザー)

1998年6月、早期卵巣不全の妻が実妹から卵子を貰い、体外受精により夫の子を出産したこと及び妻が無精子症の夫の実弟から精子の提供を受けて体外受精により出産したことが長野県下の産婦人科医師により公表された。日本産科婦人科学会は体外受精では精子や卵子の提供を受けてはならないというガイドラインを定めており、同医師の行為はそれを踏みにじるものとして同医師を除名したが、同学会は任意団体であって自主規制に反しても法的な規制は存在しないことが明白となった。


一方、夫以外の第三者から精子の提供を受けて妻が人工授精により出産する非配偶者間人工授精(AID)は、日本では1949年から行われており、累計で1万人以上の子どもが生まれていると言われている。その9割が慶応大学医学部附属病院で行われ、精子提供者が同大学の学生であるという特殊事情から学会等における自主規制も行われていなかったが、1996年に至って営利目的の精子売買広告が出されるに及んで、日本産科婦人科学会は法律上の夫婦が他の方法では子どもが出来ない時に限って実施するというガイドラインを制定した。しかし任意団体の自主規制だけでは、営利目的の精子売買は禁止できないことは明らかである。


諸外国においては、第三者から余った胚を譲り受けて子どもを出産したり、夫の精子を妻以外の女性に移植して子どもを産んで貰う代理母や、妻の卵子と夫の精子を体外受精させて妻以外の女性に移植して出産して貰う借り腹(ホストマザー)も存在する。


2. 体外受精などの不妊治療のリスク

こうした技術の多くは、女性の卵巣から卵子を取り出し、培養液内で精子と結合させて女性の子宮内に移植させる体外受精の技術から発生している。体外受精は、1978年にイギリスではじめて行われ、それまで自然の摂理に委ねられていた「授精」を技術の力で人間が行ったために反倫理的であるとの批判を受けたが、日本でも1983年に始められて、1997年度末までには、顕微授精を含めて36472名の子どもが生まれている。


しかし、不妊治療を行い、胚を移植したとしても、子どもが生きて生まれる割合は2割にも至らず、体外受精等を試みる女性に身体的・精神的な多くのリスクを与えると同時に、経済的にも大きな負担を与えている。又、卵子を提供する場合には女性の身体に対する侵襲は大きく、代理母・借り腹(ホストマザー)に至っては、妊娠出産の総てに渡る侵襲であり人権侵害の恐れさえ存在する。生殖医療技術をどこまで利用し、どこからは禁止するかを法律で定める必要がある。


3. 子どもの法的地位の確定と自己の出自を知る権利

第三者から精子の提供を受けて妻が産んだ子どもは夫の子どもと推定され、又、卵子の提供を受けて妻が産んだ子どもは出産した妻の子どもとして届出がなされるが、生物学的には子どもの親は提供者であるため、嫡出推定が覆される恐れは大きく、子どもの法的地位は不安定である。さらに、生殖医療技術を利用して生まれた子どもであるとの記載は戸籍上に存在せず、出産した診療所がわからなかったり、わかったとしてもカルテが廃棄されたりしていれば、子どもが提供者を知ることは不可能である。子どもにとって、生物学的な親を知ることは、一般的な知る権利の一つと言うよりもアイデンティティ(自己同一性)の確立にとって必要であるのにそれが保障されていないのが現状である。


4. 諸外国の制度と法規制

ドイツ、イギリス、フランス等の医師職能集団は日本と異なり法律に基づく強制加入団体であって自主的ガイドラインは実効性を有している。更にドイツでは1990年に制定された胚保護法において、代理母への移植や胚の売却などの禁止事項を定め、違反には刑罰を科している。イギリスにおいては1990年に制定された「ヒトの受精及び胚研究等に関する法律」により統一的な政府行政機関(保健省の外局)である「登録認可機関(HFEA)」を設立し、そこが詳細で実効的な実施要綱を持っている。更に法律によって、母=分娩した女性、父=生殖医療技術利用者とされている。フランスにおいては1994年に制定された生命倫理法で「人体に関することは人権という公序にかかわる事柄」として生殖医療に対する国家的管理が行われ、精子の保存提供等はセコス(CECOS)が厳しい基準をもうけ集中的管理を行っている。


一方、アメリカでは、1973年に制定された統一親子法により、夫の同意をえた非配偶者間人工授精によって生まれた子どもは夫婦間の子どもとみなすこととされている他は連邦法はなく、商業的な代理母斡旋業などの横行に対しては、幾つかの州で規制されているのみである。アメリカは問題が起こると事後的に裁判所が判決を下して結論を出す国である。


5. 提言

生殖医療技術の濫用を防止し人権を保障するために、(1)生殖医療法の制定、(2)生殖医療管理機関と生殖医療審議会の設置、(3)情報の一元的管理と子どもの出自を知る権利の保障、(4)精子・卵子・胚の一元的管理と保管の制度を確立すると共に、(5)生殖医療技術を利用できるものを法律上又は事実上の夫婦に限り、(6)第三者の精子・卵子を利用する際には厳格な条件を課し、(7)カウンセリングやインフォームド・コンセントを義務付け、(8)第三者から精子や卵子の提供を受けて出生した子どもの地位を定め、(9)胚の提供・代理母・借り腹(ホストマザー)を禁止し、(10)商業主義を禁止すると共に、違反に対しては刑罰を科すことを提言する。


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